三味線弾きシシドの「日本文化ゎやばい!」

津軽三味線、箏(琴)、沖縄三線を 演奏する、 三味線弾きシシド(小山貢山)のブログ。茶道、合気道もたしなむ日本文化体験&発信記。

日本文化

ホーキンスの宇宙人説

宇宙人はいる!だが彼らとの接触は避けよ、破滅的な結果を招くから―英科学者
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1192748&media_id=31


今も太陽系の外を目指して旅を続けるボイジャーの産みの親、
カールセーガン博士はこういった。


「異星人に侵略されるから地球の場所を教えてはいけない」とNASAでは
賛否両論だった。


彼は「宇宙旅行が出来るまで文明が
進歩した異星人なら平和民族だ。野蛮な種族なら超高度文明に発展する
前に、戦争や環境破壊で『自滅』しているからね」と説得し、押し切った。








1977年にケープ・カナベラルから打ち上げられたボイジャー1号&2号。当初の任務は木星と土星の探査。
両機の航法は巨大惑星・木星の引力を利用して加速するという画期的なものだった(燃料も節約可能)。

人類は幸運だった。なんと175年に一度という偶然で、上手い具合に土星の後方に、天王星、海王星が並んでいたのだ!ボイジャー2号は土星の引力でさらに加速し、天王星に向かって飛んでいった。その後、2号はさらに海王星にも到達し、惑星科学を大いに発展させた。


そのような形で脚光を浴び続けたボイジャー2号に対し、1号は半ば忘れられた状態で孤独な旅を続けていた。彼は太陽系の軌道を斜め上に向かって上昇し続ける。1990年2月14日、そんな1号に歴史的な使命が下った。それはカメラの電源が切れる前に、一度だけ太陽系に振り返り最後の写真を送れというものだった!(写真)




ボイジャーのゴールデンレコードには

世界中の言語、音楽(日本からは山口五郎先生の 尺八 鶴の巣籠り)


等 人間が獲得した「文化」を積み込み、知的生命体との接触を待っている。



いつか人類が終わりを迎えても、地球が寿命を向かえ無くなったとしても、ボイジャーは人間が存在した証を積み込んで

旅をし続けるのだ。

ゴールデンレコード
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89


う〜んロマンですねえぇ。。


言語、芸術、芸能、笑い、 

「文化」こそ動物にはなくて、人間しか出来ないもの。大切にしたいですね。


ボイジャーの軌跡↑この本に載ってます。




演奏情報
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新宿津軽三味線教室
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竜馬がゆく

今更と言えば今更ですが「竜馬がゆく」を読んでおります。

とりあえず三巻まで読破しました。

私としては坂の上の雲の方が好きだったような気もしますが、、


竜馬がゆく が人の心をひきつけるのは、

竜馬のリーダーシップもさることながら、

「剣術が実戦で意味を持った最初で最後の時代」

だからなのではないかと思いましたm(__)m


戦国時代は農民が足軽も兼ねていたりしたから、

習得に何十年もかかる剣術は戦には適さない。

江戸時代に入ると泰平の世の中。

明治維新前後はほとんど銃の世界だし、、

現代では合気道の稽古の為の木剣でも職務質問される始末です(笑)


そういえば「坂の上の雲」も日露戦争を描いていますが、

こちらも

「戦艦が実戦で意味を持った最初で最後の時代」

を描いているんですよね。

奇妙な偶然を感じました。


艦船同士が大砲で打ち合って戦うなんてのは日露戦争で終わりで、


その後は航空兵力、ミサイルの時代ですから。

ちなみに「戦艦」というものは今実戦配備されてないそうです。





剣術に戦艦。。

よく小説や漫画、映画などの題材になりますが、

それが意味を持った時代ってのはホントにごくわずかだったんですねぇ〜

浪漫ですねぇ〜


↓竜馬がゆく DVDです。




演奏予定
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安藤忠雄 講演会

7d31f6ee.jpg昨日は マイミクのヤスさんの誘いで

安藤忠雄の講演会に行きました。

嫁さんが結構見に行きたかったようです。

しかし大きな建築が有名な

安藤忠雄といえども個人の家とか結構細かい仕事してるんですな。。


jeff koons という作家の作品が今相当人気で値が上がってるそうで、

現代アートのピカソと言われているそうです。(写真)


やはり一流の人はオーラも違いますね。

英雄 横井庄一 hero syoichi yokoi

df21ca50.jpg

今日は 植物園、ビーチの後に

タロフォフォの滝の近くにある 「横井ケーブ」に行ってきました。


横井庄一さんといえば戦争が終わった後、28年もグアムの密林の中で

一人で潜伏生活を送っていた人。

私のような昭和の事物好きには欠かせない人物なのだ。

写真はその洞窟の近くにあった写真。

「終戦も知らず」とあるが、

戦争が終わったことはとっくの昔に知っていたようだが、

仲間とはぐれたのが恥ずかしくて出てこなかったそうだ。

「恥ずかしながら帰ってきました。」の言葉が有名です♪


しかし「英雄 横田庄一」って…(^^ゞ

別に英雄じゃないんですけどね。

向こうでは自然に溶け込み、祖国を愛したのが「英雄」という扱いらしいです。


帰りのロープウェーの中で聞いたところによると

「来る人の90%が日本人」とのこと。


そして本とかではよく聞いたことのある

「サムライはまだ日本にいるのか?」

の質問をライブでされてうれしかったです(笑)




参考

横井 庄一

1915年3月31日 - 1997年9月22日


横井 庄一(よこい しょういち、1915年3月31日 - 1997年9月22日)は、元日本兵である。太平洋戦争終結から28年目、グアム島で地元の猟師に発見された。






その当時グアムに残っていた隊員はポツダム宣言(1945年)受諾によって日本軍の無条件降伏が発令されたことを知らされなかった。横井はジャングルや自ら作った地下壕などで生活、グアム派遣から約28年後の1972年1月24日に食料調達の為川でエビを採っていたところ現地の猟師に発見され、同年2月2日に日本に帰還、愛知県名古屋市中川区での居住を始めた。軍事教育を受け育った横井は「生きて本土へは戻らぬ決意」で出かけて行ったという記憶がしっかりとあった為、帰国の際の第一声は「帰って参りました…恥ずかしながら、生き永らえて帰って参りました」というものだった。この「恥ずかしながら帰って参りました」はその年の流行語となったが、実際に帰国して最初に話した言葉は「恥ずかしいですけれども、帰って参りました」であった。

戦後の日本の変化に対して果たして適応できるかどうかが心配されたが、驚くほど素直に戦後の日本に馴染んだ。この点は、同じ残留日本兵である小野田寛郎が、1974年の帰国後マスコミによる批判や父親との不仲などから、戦後の日本に馴染めずブラジルに渡航したことと対照的である。その年に妻美保子と結婚した後は、自身のグアムでのサバイバルについて耐乏生活評論家、あるいは生活評論家として全国各地で講演、1974年7月の第10回参議院議員通常選挙(全国区)にも無所属候補として立候補した。



横井さんについてもっと知りたい方はこちら↓



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司馬遼太郎のロシア語能力 the competency of Russcia language of Shiba ryotaro

今日は愛媛県庁の近くにある「坂の上の雲ミュージアム」に行ってきました。

一度マイミクの松ちゃんさんと行ったのですが今回は全八巻を読了したのでもう一度行ってきたのです。


日露戦争に関する資料も少なく、読んだ人間としてはもうちょっと深みが欲しいなぁ…と言う感想でした。

前回と違って今回は司馬先生の生草稿に感動しました!

多少なりともブログ書いたりして人目に触れる文を書いてるだけに「一気に書くんだ〜」等と参考になりました。

人間のことだからいくら調べても誤りもあるだろうに活字にしてしまってどうしたのかと思っていたら、

新聞連載だったので単行本にする際に修正したり、版を重ねるごとに修正したりしてたそうです。


もう一つ気になったのが「司馬遼太郎のロシア語能力」でした。


wikipediaに

「資料集めへの執念はすさまじく、生涯に何千万円単位という巨費を投じて買い集めていた。
司馬が資料を集め始めると、関連する古書が古本屋業界から払底したという逸話があり、
神田神保町の古書店街に軽トラックでやって来て、本屋に乗り込むや否や手当たり次第に乱読し、
それらをすべて荷台に乗せていったという。
『坂の上の雲』執筆の際には、「日露戦争」という記述のある本を片っ端から買い集め、
当時同じ題材の戯曲を書いていた井上ひさしが古本屋に行っても資料がなかったという逸話も残る。」

という記述があり、またロシアの社交界の話、詳しい軍艦のデータなどもあるので
これはロシア語の資料を読まないと無理だろう。
ということで疑問に思ったのです。

ネットなどには出てませんでしたが後書きに書いてありました。

「この作品は、執筆時間が四年と三か月かかった。書き終えた日の数日後に私は満49歳になった。執筆期間以前の準備期間

が五年ほどあったから、私の四十代はこの作品の世界を調べたり書いたりすることで消えてしまったと言ってよく、(中略)

調べるにすちて、無数の困難があった。そのひとつはロシア語だった。私は若いころ一年間ロシア語を習ったが、その実力は
辞書がやっと引ける程度にすぎない。そこで、頻出度の高い軍隊用語の単語帳を自分で作ってみた。
面倒な文章は、ロシア語のできる友人に大意を口頭で訳してもらった。みじかい文章がわからなくて、深夜におきていそうな
知人をあれこれ物色して電話をかけたりしてその人を不愉快にさせたりした」


小説の取材もすべて自分でやっていたそうで、長くブログをやる上で色々参考になりました(^^ゞ



ミクシィの方で日記を書いたら、こんなコメントがありました。


こどもの頃 こんな物騒な歌を歌いながらお手玉をしていました。
♪イチレツランパンハレツシテ〜ニチロー戦争ハジマッタ〜
サッサトニゲルハ ロシアの兵 シンデモムカウハ日本の兵
クロポトキンの首をとり〜・・・・♪・・な〜んて。


よく調べたら全国的にうたわれてたまりつき歌だそうです。

まりつき歌(日露戦争版)

いちれつ談判破裂して 日露戦争 始まった
さっさと逃げるは ロシアの兵
死んでも尽くすは 日本の兵
五万の兵を 引き連れて 六人のこして 皆殺し
七月八日の戦いで ハルピンまでも攻め入って
クロパトキンの首をとり 東郷大将 バン バンザイ

http://mippi.jp/mmland/ichiretsu.htm


生活の中に日露戦争の勝利の記憶が入っていたのですね。







Today i went to the Saka-no-ue-no-kumo(clouds above a slope)
museum at Matsuyama.

I finished reading saka-no-ue-no-kumo,

so i wanted to go there even though i went there once.


I've been wondering about the competency of russian language of
shibaryotaro,

because it's the novel of japan-russia war, then
he have to chek various kind of books about the war.


I saw the story about this on the postface.

"I studied the russian for a year, but I have a difficulty even
when i consult a dictionary.
So i often ask friends who can speak russia even midnight,
which made friend uncofortable.
"


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保国寺 hokokuji-temple

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昨日から祖父の法事で愛媛県西条市に来ています(^^ゞ

うちのお寺(といっても母方)保国寺(ほうこくじ)というお寺で、

お坊さんによると室町時代からある寺で、奥にある日本庭園はイサムノグチも研究していたという話。


国分寺と同格の由緒ある寺で最近(と言っても昭和57年)に浩宮(ひろのみや)様がいらっしゃたそうで、その時に前の道が広くなったそうです(笑)



重要文化財もあるお寺だそうです。

I came here in Ehime prefecture for the second anniversary of my grand father's death.

My temple for funeral is "Hokokuji" whose Japanese garden is from
the Muromachi period(about 600 years ago) and isamu noguchi studied.




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相撲宗家 -the grandmaster of sumo

先日

テレビ東京の

「新説!?日本ミステリー」

を見ていたら、

「相撲宗家」なるものがあると聞いた。

番組が番組だけにウソかと思ってたら
(さっき伊達政宗はスペイン人だったとかやってたしね)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E5%8F%B8%E5%AE%B6

1949年まで「横綱免許」を横綱に与えていた

由緒正しい家らしい。(今は免許権は相撲協会にあるそうな。)

When I saw the TV program of sumo,

I know the head of the sumo.

It's called "sumo soke",

who give the yokoduna, sumo wresler grand champion license.



しかし1986年当主の経済問題などが原因で同協会と絶縁しと土俵入りなども途絶えた。

But now, it has no relation ship with national sumo association.


だ、そうだ。


以外に知らないことありますねぇ。





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日本を知ろう♪ know about Japan!

c65d070f.jpg

またひとつ日本文化を海外へ的な雑誌を見つけました。


I found a magazine about japanese culture.

japan logistics
http://www.jlg.co.jp/ というところが

出している
「Japanist」
という雑誌です。


「Japanist」とは、「日本」の「専門家」。つまり、日本に詳しくなり、日本人としての誇りを持とうよ、というコンセプトです。


観光立国は美しき国家の道すじ、、

なるタイトルが書いてあったり

まさに興味ぴったりの内容です。

これは創刊準備号としてのフリーペーパーですが季刊で500円

2009年4月発行予定だそうです♪


The name is "Japanist"which means the specialist of Japan.
In short, we should be more proud of being Japanese by knowing more about
Japan.

One of the title is about "tourism coutry"

So i'm so interested in this book!


It's free but it will be on sale on april , 2009.


1ページ目に

「一点の曇りもない、志高き雑誌がひとつくらいあってもいいじゃないか。」

と書いてありましたが、





最後のページのインタビューの中田宏 現横浜市長 、


こんなニュースhttp://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081225/trl0812252030008-n1.htm
で「交際相手」と名乗る元クラブ女性に慰謝料請求されてるんですけど。。



、、、




全天曇っとるぞ。








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新年の挨拶は神道の風習!?-the new year's greeting is a cutom of shinto religion.

外観和尚ギター和尚

、、、すまん、、これくらいしか思いつかなかったんだ。。
あけましておめでとうございますm(__)m←三つ指ついて挨拶


和尚が2人 和尚が、、ゲフンゲフン








たまにキリスト教徒の方の中にはコメントで「あけましておめでとうございます」と書くと嫌がる人いるのでお気を付けくださいましね。

神道の挨拶だからだそうですが…orz



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神社、また神道の行事やそれに由来するようなものは、何でもかんでも避けるべきという考え方の日本人クリスチャンもいらっしゃるとはおもいますが、その観点からすると、「あけましておめでとうございます。」というお正月の挨拶は、本来「年の神さま」への祝福の言葉だったという説もあり、おせち料理も神への供え物のお下がりをみなで分かち合って食べあうものだったというし、お正月の丸餅も神が宿りそれを食べて力を得るのがお年玉というから、お正月の行事はほとんど辞退しなければならなくなって、大変だろうなと思います。(参考:2007年元日の産経抄)
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A happy new year!

The christian sometimes hesitate to say "Akemashite omedetou gozaimasu" the greetings which we say when it's a new year.

Because it's said to be from the custom of Shinto religion.






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日本文化の礼儀作法とアメリカビジネスマナーとの共通点 japanese traditional manner and american business manner in common

アメリカのビジネス文化(入門ビジネス英語)と同時に日本文化の礼儀作法(茶道やお座敷の演奏)を学んでいると、共通点があって結構おもしろい。

I think Japanese traditional manner and one of american business has in common.

One is "To remember the partner name."
such as by saying"Nice talking to you, Mr.shishido."


組織への帰属意識などは当然真反対なのだが(転石苔むさずの諺に代表されるように)何点か共通する点を見つけた。(人間として当たり前と言われたらそれまでなのだが)


一つ目は、「名前を覚える」
普段の生活で日本人はあまり名前を呼ばず「彼が…」等とお茶を濁したりすることもあるが、お茶の先生は一度来ただけの人でもきちんと名前を覚えて呼んでくれる。


アメリカのビジネスマナーも同じで、「お会いできてうれしかったです。ミスターシシド」 などとできるだけ名前を呼ぶようにして覚えてくれる。



二つ目は、「感謝の言葉」
お稽古でもしていただいた後は必ず「 ありがとうごさいました」(当たり前なのだが私は普通にできないのです(汗))指導されるし、手紙やメールにも「いつもありがとうございます」
等の言葉は欠かさない。

これもアメリカからのメールには最後にサンクスと書いてあるし会話しててもサンキューも言いやすい。


Second is the word of thanks.

I found e mail from america has the word" thanks" in the end.


最近、アメリカ在住の日本人からのメールには文末にありがとう(日本語で)と書いてありました。

きっと向こうの文化が染み付いているのでしょう。


電話で英語レッスン教師、チャック講師も「今日は演奏してきた」というと
Did you get paid or no? How much?

なんて聞いてきて最初は金の話ばっかりやな…と思ったが思い直して数を英語で言う練習(1万=ten thousandなんて慣れないとなかなか変換できない )
をしてくれてるのかと思ったが、よくよく聞いてみると「何も考えてない」ようだ。

お金の話題になるのは普通のことだよ。とのこと


金の話ばかりすると思った時点で既に日本人的なのかもしれませんね。

そう言えば日本文化のお稽古人としては「お金の話は汚い」という意識があってお金の話をすると嫌な顔をする人もいるのだが、聞かなければ聞かないでトラブルになるからまた怒られる。

茶道関係者はそのあたりしっかりしていて、「いくらなら来てくれるの」 とはっきり聞いてくる。

そうしないと後々トラブルになって失礼になることを知っているのだろう。


そんな話で「しっかりお金の話をする」のも共通点。(原稿料をはっきり最初に聞いて嫌な顔された作家さんの話を聞いたことあります。)


and also, in tea ceremony, they ask us about money of performance clearly.
although most Japanese think talking about money is dreadful.


The third is "to give thanks as money."

3つめは、「感謝をお金で表す」
お座敷の話だが演奏の後に寸志(投げ銭)をくれることがある。 いわゆるアメリカで言うところの「チップ」というヤツだ。

Japanese often don't give chip to the street musician even though
he or she listen our whole music .

But Americans have a custom to chip.

When I play before those who are rich at Japanese food restaurant,

they often gives me chip.

日本人はストリートの演奏でも平気でタダで聞いて帰る人も多いのだが ストリートで演奏していても結構入れてくれるそうだし、向こうの人やお座敷に来るような方は「感謝をお金で表す」ことに慣れているのかもしれませんね。

お茶の世界でも演奏を依頼された後には例えパーティの席でちょこっとであっても、

必ず「プロの方に失礼だけど、、」と寸志が渡される。


お中元やお歳暮もお月謝1ヶ月分のお金が相場というのも同じ話し。



という、雑感。






津軽三味線・箏・沖縄三線 演奏教授

宍戸俊信(小山貢山)
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