たまには真面目に津軽三味線のことについて考えてみようと思う。


私は今は小山流だが広島で津軽三味線を始めた時は竹山流だった。


勿論小山流がいいから転流したわけでしばらく聞いていなかったが先日琵琶の塩高さんとお話したときに高橋竹山の高い音楽性を評価していて改めて聞いてみる気になった。

津軽三味線ブームと言えば吉田兄弟の前に「竹山ブーム」というのがあり、竹山と言えば「津軽三味線を独奏楽器に高めた」と評されることがある。勿論独奏は他の人もやっていたのだが、独奏楽器として一般に認知させたのは竹山の功績によるものが大きいということだと解釈している。

↑竹山ブームを起こした名盤です。



津軽三味線は今でこそブームだが、民謡という世界を作り出した時代の人に話を聞くと、津軽三味線の人は一般民謡三味線の人に比べ一段劣る存在と認識され竹山でも木田林松栄でも楽屋も隅の方しか用意されていなかったと聞いたことがある。さらにさかのぼると津軽三味線は「ほいど芸」(いわゆる乞食芸)とまで言われた時代があったのだ。



私が三味線を始めたのはたまたま何か文化部に入りたいと思っていて祖母が三味線の先生だった友達に付いて行って始めたのがきっかけで、よくあるように誰かの演奏を見てこういう風に弾きたいと思って始めたわけではない。

そもそもそこが間違いの始まりだったのだ(なんてことはない)。


  
正直始めた時は流派なんて分からないから来た先生に習っただけだがその先生が竹山流だったのだ。

竹山も亡くなってから始めたので全く生では知らない。私が始めてしばらくして吉田兄弟がブームになった感じだ。


竹山のBOXも買ったが、その時は全く良さが分からなかった(虚飾をしてもしょうがない。いいと思わなかったものはしょうがないのだ。)。


ある程度耳が肥えたはずの今でも正直良さはまだ分かってないのだが、やはり長唄三味線をやった経験からすると、三の糸の絹糸の音色はナイロンとは全く違う。

しかし録音になると生で自分が体験した程には音色の違いは伝わらない。


そう思って竹山のCDを聞いてみるとハジキの音がハッキリ違う。

やはり絹とナイロンではハジキと言うものが全く異なってくる。 

竹山流の先生は「竹山先生の演奏を聞いてジーンと来た」と言い、ユーチューブの竹山の演奏にもコメントで「涙が出た」と書いてあったが、しかし私はいくら聞いても涙は出なかった。


思うに仏像然としたその姿と本当に門付けして回っていたという先入観念で見ている部分もあるのではないかと勘ぐっていたが

音には相当うるさかった山田流の箏の師匠が「これはうまいよ。」と言っていたのが印象に残っている。

津軽三味線の世界でも竹山は異色な存在で竹山流というものはあるもののあまり竹山を彷彿とさせるような演奏ではないと私は感じる。


竹山の家に行くと鳥の声等の自然界の音を入れたテープがあったことが有名だが
丁度箏の宮城道雄先生の春の海を弾いていてひいては返す波の様子やカモメの音を模したフレーズがあるので共通点を感じた。

二人とも目が不自由だったというところも共通点だ。

生け花では「自然に生えているように」

また人間が最も美しいと感じる比率である黄金比は自然界にも沢山存在するようだが、この辺りに答えの一つがあるかもしれないな。



演奏情報
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新宿津軽三味線教室
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