三味線弾きシシドの「日本文化ゎやばい!」

津軽三味線、箏(琴)、沖縄三線を 演奏する、 三味線弾きシシド(小山貢山)のブログ。茶道、合気道もたしなむ日本文化体験&発信記。

2008年12月

結局いつがいいのか分からない広告 ambiguous advertisement

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「音感は幼児から」
「大人は今がチャンス」

This advertisement say
To get good sense of music should be by starting instruments from children
It's a good chance for adult to start instruments.


宮地楽器のコピーは「弾きたい時が適齢期」だ。

こちらの方が簡にして要のような気がする。

Miyaji gakki's catch copy is "Proper age is when you play instruments."
I think it's better.





楽器や武道やっているとよく「もっと小さい時から始めてれば良かった」「もう30歳なんですが大丈夫でしょうか」という言葉を聞きますが、

津軽三味線だと50歳から始めて先生やってる方とか、合気道だと70歳から始めて3段とかざらにいるので一言


「むしろ早すぎるくらいですm(__)m」


When I train instruments or budo, some people say "I should start from earlier age" or"Can I play instruments with age already 30."

I think "You started something too early."


小さい時からやってる人にはやってる人にしかできないこと、遅く始めた人には遅く始めた人にしかできないことがあります。

I started playing tsugaru-shamisen at the age of 20, but
I never thought i wanted to start it earlier.

Because i think there are what only the people who start from earlier can do,
and there are also what only the people who satar from later in life can do.


特に教える時には、初心者の気持ちがよりわかるのは後者の方でしょう。

私は20歳ではじめましたが一度も「早く始めてればよかった」と思ったことはありません。

演奏の腕というにはやっぱり小さい頃からやってる人にはかなわないけど、邦楽の世界で私にしかできないことがあるからです。



習い始めは皆さん新しいことばかりで楽しそうですが、だんだんモチベーションが下がっていく様子を見るのは寂しいものですm(__)m

「プラトー」という心理学用語があります。

始めたばかりの時は急激に上達しますが、しばらくすると「プラトー(高原)」という状態になり、上達が感じられなくなるのです。そこで「上達が感じられない」 とやめる人が多いのですが、そこで気にせず続けていて、プラトーを超えるとまた一気に上達が訪れるのです。

「石の上にも三年」ということですね。


やっぱりお稽古事は続けてこそです。

私のモットー
「とにかく稽古に出ること」

そんなわけで「幅広くやりすぎ!」とお叱りを受けながら津軽三味線、箏、三線、合気道、茶道 のお稽古を続けてるのもそういう理由ですm(__)m

一度始めた以上は上達が感じられなかろうが続けてみましょう♪

やっぱり最低10年は続けないとやった気はしませんね。



、、、といいつつ


今まで挫折したもの
速読
中国語
二胡
居合
書道
ギター
筋トレ



3日坊主でもいいからとにかく始めてみましょう(マテ)

結局続けた方がいいのか3日坊主でも始めた方がいいのか分からない日記.

M-1 ファイナリスト 「ナイツ」のサイン

d53ccde1.jpg 昨日は新宿三丁目の沖縄料理かりゆしで、かりゆし三線クラブの忘年会でした。 結婚のお祝いまでいただいて嬉しいことです♪ 続きを読む

クリスマスにあけましておめでとう♪ Merry cristmas and happy new year

a9501bf5.jpg 日曜は、宮地楽器吉祥寺で教える前、午前中だけ茶道上田宗箇(うえだそうこ)流の先輩のお宅で納め釜研究会のお手伝いをさせていただきました。 I went to help a end year tea ceremony of ueda soko ryu on sunday. 続きを読む

M−1ファイナリスト 「ナイツ」のサイン autograph of m-1 finalist, nights.

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昨日は新宿三丁目の沖縄料理かりゆしで、かりゆし三線クラブの忘年会でした。

結婚のお祝いまでいただいて嬉しいことです♪


I had a end year party of Kariyushi sanshin club yesterday.
I was really happy to be cerebrate our wedding.

M−1の決勝まで進んだ
ナイツのサインが靴箱にありました。

(決勝戦だけ見てました。)

下の方ねw

The autograph of japanese comedian nights, was on the shoe box.


昨日の三線の忘年会では演歌歌手の方が習いにいらっしゃってるのですが津軽三味線を昔やってたそうでまた私に習いにくるかも…とのことでした☆彡


そしてまた別の方にたまたまブログ見たよ〜と言われました。国際交流系の活動に興味を持ってくださったようで、「三線を使った英語勉強法を調べていたら、一番上に出たよ」とのことでした♪確かに「三線 英語」「三味線 英語」では1位か2位に出てくる。
同好の志が増えそうです♪







津軽三味線、琴、沖縄三線演奏 教授
宍戸俊信(小山貢山)http://www.shamimaster.com/
三味線弾きシシドshamimaster toshi  三味マスタードットコム

夜学 study at night

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日曜は、宮地楽器吉祥寺で教える前、午前中だけ茶道上田宗箇(うえだそうこ)流の先輩のお宅で納め釜研究会のお手伝いをさせていただきました。

I went to help a end year tea ceremony of ueda soko ryu on sunday.

the photo is lid rest named "Yagaku" which means study at night.


写真は 蓋置(ふたおき、柄杓や釜の蓋を置く茶道具。)です。


中でもこれは 夜学(やがく)と云う蓋置で、 夜学をする際、机上を照らす灯明の火皿の台を転用したものだそうです。

「勉学の秋」ということでご用意いただきました♪  

形が気にいったのとトーイッコのことを思い出し思わず写真にとりました♪

This shape is from the lantern of study at night.


And I got a christmas cake as a chrismas present.

I was very happy for that because in japan the cutom of
chrismas present is only for children.






宮地楽器吉祥寺では生徒さんからクリスマスケーキをいただきました☆彡


大人になってクリスマスプレゼントがなくなったと思っていたら、こんな形で帰ってくるなんて、嬉しいですね♪


アメリカからの留学生の生徒さんからはクリスマスカードまでいただきました♪
「MERRYCRISTMASANDHAPPYNEWYEAR」を訳したのか「あけましておめでとうございます」と書いてありました(^^ゞ


これは気持ちなので「あけましておめでとうは新年開けてからだけなんだよ」と言おうかどうか迷い中…


津軽三味線、琴、沖縄三線演奏 教授
宍戸俊信(小山貢山)http://www.shamimaster.com/
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文化でメシを食うということ To live on culture

津軽三味線、琴、茶道、合気道と幅広くやっているがどの芸道にもそれを生業としてやっている方たちがいる。 I practice tsugaru-shamisen, koto , tea ceremony ,and aikido,but in each field , there are some people who live on their performance. しかしこれらはどれも「文化」であり、生きていく上では全く必要がない代物である。  続きを読む

文化でメシを食うということ To live on culture

津軽三味線、琴、茶道、合気道と幅広くやっているがどの芸道にもそれを生業としてやっている方たちがいる。

I practice tsugaru-shamisen, koto , tea ceremony ,and aikido,but
in each field , there are some people who live on their performance.

しかしこれらはどれも「文化」であり、生きていく上では全く必要がない代物である。 

But this is "culture", so no need for carrying on living.

現に私が茶道をお稽古しているというと「遊んでる場合か!三味線の稽古した方がいいんじゃないの?」
とお叱りを受けることもあった。(てか昨日も言われたしw) 
I'm often said "You don't train tea ceremony, you practice shamisen!"



文化でメシを食うことについて、
合気道の先生に倉敷に挨拶に行ったとき、「画家がアフリカに行ったとき、仕事を聞かれ「画家だ」というと「絵を描いてお金がもらえる職業があるのか!!」と驚かれたことがあったよ」という話もしてもらった。

About to live on culture,my former aikido teacher said
"When a painter went to Africa, and he said his profession as painter,
the local people was startled to know they can earn money by painting."


「文化でご飯が食べられるのは先人たちが苦労して日本の経済基盤を作ってきてくれたからであり、そこへの感謝を忘れてはいけない」との結論だった。

He concluded "You have to thank your ancestor,because you can live on culture
by ancestor making basic economics "


この命題は坂本龍一が911テロの時に言った「音楽に何ができるのか、その考えが僕を苦しめる」との言葉とも共通するかもしれない。

I think the word Sakamoto ryuichi said"I'm suffering from what I can do"
at 911 attack.


一つには、「人を癒す」という目的があるかもしれない。

One reason is "to heal someone."

学生邦楽フェスティバルで三線で島唄を唄ったときは、感動して私の歌声に泣いた人がいると聞いて本当に嬉しかった。

When I once sung "shimauta" ,I heard someone said tears by being moved by my voice, and I was really happy for that.

私のソロライブの時も、「斜影」を弾いて「久しぶりに音楽を聞いて涙が出た。」と言われ、「演奏家冥利に尽きる」と言う言葉が思い浮かんだ。
When I once held a solo concert,a person in the audience said
"I shed tears by listening to music after a long while."
and I thank my fate as a player.


この種の感動は技術の巧いことによってのみ引き起こされるものではない。
But this type of move is not caused only by skill of the instruments.

広島にいたとき、施設の訪問にてアメリカの留学生と日本の学生が訪問し、日本の音楽を一緒に歌って、それを見た入居者の方が涙を流したという話を聞いたことがあ
る。

When I was in Hiroshima,I've herad about the story that
Japanese student and American studetn went to
nursing care house,and sung Japanese songs.

これは別に演奏がうまかったからではなく、「昔戦争をしていた国同士」の若者が一緒に日本の歌を歌ってくれるなんて…という感慨から来るものであったそうだ。

This is not because they sung well, but because they were strucked to
know the young people in two countries which was once in the war sung
Japanese song together.


マイミクさんは子供へ伝統文化を教える意味は、「親や祖先を尊敬できる大人になって、日本に生まれてきたことに誇りを持ってほしい」との思いが根本にあると聞き、なるほどと思ったが、私の中で根幹となる精神になるには至らなかった。



A frinend of mine answered the meaning to pass on the Japanese traditional
culture to children is based on the spirit that he want children to respecet
their ancestor or parents,and then to be proud of being born in Japan.

戦争中にそれこそ「伝統文化」がどうとか言ってられない時代、どのように文化が生き残っていたのか、知れば何かつかめるか、と思ったが、戦争中の文化で歴史の教科書、書物で目にするものといえば軍歌 言論 くらいで後は記述が皆無と言っていいほどない。しかし歌舞伎だって津軽三味線だって、戦争中もやってた人がいて生き残ったのであろう。(武道は軍国主義に利用され逆に盛んになったのだが)
こればっかりは体験者に聞いてみないと分からないと思いマイミクのケイさんに聞いてみた。




以下引用(ほとんどそのまま引用します。ケイさん、ありがとうございましたm(__)m )
−−−−−−−−−−−−−−−
戦争中は軍歌ばかりでしたが・・・
そこは東京下町 恐い者知らずが揃っていました。

知り合いに奥さんが寄席の三味線弾き、お連れ合いが寄席の台本書きがいました。
子どものいない万年新婚の熱々夫婦でした。
当然奥さんを残して戦争に行くなんてもってのほか。

兵隊検査の日 お醤油を1升飲んでいき検査に落ちて無事(?)戦争に行かずに済みました。

戦争中は毎日が宴会でした。
何故なら
召集されて出征していく人の送別会が毎日あったからです。
明日死ぬかもしれない、戦争に行く人は確実に死ぬことを覚悟している宴会ですから、
そのドンチャン騒ぎたるや、想像を絶するものでしたよ!
芸者さんも大忙しでした!
そんなところに文化が根強く生きていたと思います。

洋物は姿を消していましたので、
どこへでも気軽に持っていける三味線の出番です。

即興で今の気持ちを表現するには「都々逸」がうってつけ。
戦争に行きたくないことを上手に色っぽくカモフラージュして歌っていたと思います。
三味線がないときは口三味線です。
私が住んでいた環境では殆どのおとなが有名な曲なら口三味線ができましたし、
都々逸の合いの手ぐらいは誰でも入れられました。

三味線は鍋釜と同じ感覚で浸透していました。
そんなわけで、私は三味を習ったこともないのに調子合わせぐらいならできるのです。(^^ゞ

都々逸の次によくでるのが、歌舞伎の声色でした。

『待てどお留めなされしは〜〜〜♪』なんてね。子どもの私でも言えました。

昭和19年・20年の歌舞音曲どころではなかったときでも
軍歌を歌って鼓舞するかたわら、庶民は灯火管制の暗闇の中で口三味線で思いっきり色っぽい小唄なんかを口ずさんでました。
(不安を打ち消したかったのかもしれません)
我が家は暗闇の中で家族揃って「東京音頭」を踊っていましたよ!
すきっ腹を紛らわすためにね。(踊ったら余計お腹がすくのに)


片方で貴金属類は全部 国に差し出さなければいけなかったので
命がけで一番大事なものを隠し、
いつ消失するか分からないので大事なものは土に埋めなければなりません。
それで何が大切か、なにが大事かを見極めることも重要でした。

美術品・芸術品・骨董品 を大人が集まって品定めをしていました。
これは後世に残すべきだ とか
こういう絵はもう二度と描けないかもしれない・・とか。

そしてそれを命がけで守る人々がいました。

それから写真
戦争へ行く人が持っていくために
いつ家族がバラバラになるか分からないから
それに次の瞬間死んでいるかもしれないから
事ある毎になにかといっては写真屋さんに行って記念写真を撮りました。

そうやって撮った写真も空襲で全部焼いてしまいましたが・・・。

着るものもモンペ姿に防空頭巾でしたが、
防空頭巾や上着にも「刺し子」といわれる伝統技術を施したりしていました。

ごく限られた地域での、私がいま思い出せる私の中の文化です。


文化は庶民の暮らしの中に根付き、一般庶民が守り、伝えていくと実感しています。

逆に庶民に受け入れられない文化は残りづらいのでは・・・と思っています。

戦争が終わってジャズ解禁になり
登場したのが『三味線豊吉』さんです。(女性ですよ)
三味線に拘って書いたわけではありません。
戦前・戦中・戦後にかけて生活に密着していたものだからです。


−−−−−−−−−−−−−−−
引用終わり



I asked a older frined of mine who live in world war2 , how the culture survived during the war,when they don't
have chance to think about culture, because I can find the reason.

She answerd even during the war , culture was caught on
because they didn't know they could live tomorrow so they want to enjoy the each day at best.


When the people go to war , they were celebrated about going war .
At that time , shamisen or dodoitu, were sung.



I get some sense about culture,
It's the "power"

It's the impulse we want to dance, sing and pass on ,
even though we were prohibited.


なるほど、文化とは押さえようにも押さえきれない「パワー」なのですね。

禁止されようが叩かれようが「踊りたい」「歌いたい」「伝えたい」

それが文化でメシを食う意味なのかもしれません。

その点、「斜影」や「上昇の彼方」「火の鳥」など叩かれようが何しようが伝えたいものがある私は幸せなのだろう。(おかげで随分叩かれたこともある)

以前、「答えはいつも斜影の中にある」という日記を書いたが今考えると「伝えたい「パワー」が大事」ということでもあったのだろう。


沖縄において戦後モノのない時代、人々は進駐軍の残した缶とパラシュートの糸、後は木で「カンカラ三線」を作って歌っていたという。そこには金がなかろうが、モノがなかろうが、平和がなかろうが唄いたい「パワー」があるのだ。輸入物(当時は高級品で庶民は手に入らない)の蛇皮の三線で舞台の上で弾かれる三線は何か根本的な精神が違うような気がする。舞台の三線は舞台でよいが、戦争のさなかでも生き続けた「パワー」とはまた違った要素だ。

In okinawa, the time just after the war period when lack things or food,

people sung okinawan folk song with sanshin,okinawan shamisen, which is
made by the can threw away by american army, and the string of parashute.

It's the impulse or power there,which they want to play or sing
even they don't have things of food.


津軽三味線の先生でも「お金をけちって皮を安いものにするか、お金がなくてもいい皮を使えるかで三味線で食えるかは決まる」

と言っていたのが記憶にある。多少分かりにくいがこれは「文化でメシを食う」心構えとして言ったものてであろうと解釈している。生活費を切り詰めてもいい音を出したいという「パワー」だ。そのパワーがあるかないかでプロになれるか、決まるということだろう。



20歳で三味線をはじめ、22でプロを目指してから
飢餓や貧困、伝染病、地雷や戦争、経済問題などさまざま社会問題がある中、あえて文化をやる意味を常に考えてきた。

長唄三味線の先生にもその疑問をぶつけ、「芸談ばかりだね〜♪」
と言われたこともある。

When I started playing shamisen at the age of 20 ,and I though
i want to go progessional at the age of 22,
I've been thinking about the meaning to do culture,
even though there are many social issues such as
starvation , poverty, land mine, terrorism, and war and so on.


「伝統文化を普及させたい」という声はよく聞くし自分も思うが、「それが何か世の中の役に立つのか?」という疑問には私は答えられないし、
どうしたら普及できるか議論してる人たちでさえも、明確な回答を持っていない人がほとんどだろう。

There are many people who want to promote the traditional culture,
but when I was asked "Is it helpful for the world?"
I can't find the answer.


人が「自分が素晴らしいと思うものを伝えたい」と伝えていただくのは
勿論素晴らしいことなのだが、私の根幹となる精神にするにはこの論理は「独善的」と感じてしまうのだ。伝えたいのは「自分」だからだ。

The reason "I want to pass on the thing I think it's wonderful"
can be self-righteous because the person itself want to pass on.


日本文化を日本人がもっと知るべき。と言う意見はよく聞くが、
知るべきことは他にもたくさんある。南北問題(貧困)、負の歴史、世界、悪意から身を守る術、政治、教育etc..

他にも大事なことはたくさんあるのに、何故「日本文化」を勉強すべきなのか。

I often hear the opinion that the japanese should know japanese traditional
culture more, but there are more things to know, such as poverty,
world, politics, education, the way to protect against evil will.



地雷除去や僻地の医療の方が世の中の役に立つだろうし、それをやらずにあえて文化をやる意味は、私にはまだ分からない。

I think the demining or medicine in remoto area will be more helpful
for the world,so I can't find the reason I don't do that kind of action
and do "culture."


多少真面目すぎるきらいはあるが、伝統文化の普及以前に、
それがどう世の中に役に立つのか、明確な共通認識がないと、
伝統文化普及への理解は得られようもない。








日本の中のことで分かりやすく言うと
「社会保障費を削っている最中、伝統文化に補助金が出ている矛盾」と言ったところだろうか。

この理由を、誰もが納得できる形で説明できる人間は多分一人もいないだろう。


In short,
"The reason why while we cut the cost of social security,
traditional culture get subsidies from the government."

I think there is no people who can explain the reason
who can convince everone.


そしてそれに対する答えは未だ息子の「芸人」という職業が受け入れられない私の父の葛藤への答えとも言える。

And the answer of this will be the one to my father who don't want to
accept the profession"entertainer".


I can't find my answer yet.

私の中の「答え」はまだ出ていない。


答えを求める旅は続く。
My journey will be going on…







津軽三味線、琴、沖縄三線演奏 教授
宍戸俊信(小山貢山)http://www.shamimaster.com/
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アパマンショップ apaman shop

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@四谷三丁目


at Yotuya sanchome

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日本文化の礼儀作法とアメリカビジネスマナーとの共通点 japanese traditional manner and american business manner in common

アメリカのビジネス文化(入門ビジネス英語)と同時に日本文化の礼儀作法(茶道やお座敷の演奏)を学んでいると、共通点があって結構おもしろい。 I think Japanese traditional manner and one of american business has in common. One is "To remember the partner name." such as by saying"Nice talking to you, Mr.shishido." 続きを読む

日本文化の礼儀作法とアメリカビジネスマナーとの共通点 japanese traditional manner and american business manner in common

アメリカのビジネス文化(入門ビジネス英語)と同時に日本文化の礼儀作法(茶道やお座敷の演奏)を学んでいると、共通点があって結構おもしろい。

I think Japanese traditional manner and one of american business has in common.

One is "To remember the partner name."
such as by saying"Nice talking to you, Mr.shishido."


組織への帰属意識などは当然真反対なのだが(転石苔むさずの諺に代表されるように)何点か共通する点を見つけた。(人間として当たり前と言われたらそれまでなのだが)


一つ目は、「名前を覚える」
普段の生活で日本人はあまり名前を呼ばず「彼が…」等とお茶を濁したりすることもあるが、お茶の先生は一度来ただけの人でもきちんと名前を覚えて呼んでくれる。


アメリカのビジネスマナーも同じで、「お会いできてうれしかったです。ミスターシシド」 などとできるだけ名前を呼ぶようにして覚えてくれる。



二つ目は、「感謝の言葉」
お稽古でもしていただいた後は必ず「 ありがとうごさいました」(当たり前なのだが私は普通にできないのです(汗))指導されるし、手紙やメールにも「いつもありがとうございます」
等の言葉は欠かさない。

これもアメリカからのメールには最後にサンクスと書いてあるし会話しててもサンキューも言いやすい。


Second is the word of thanks.

I found e mail from america has the word" thanks" in the end.


最近、アメリカ在住の日本人からのメールには文末にありがとう(日本語で)と書いてありました。

きっと向こうの文化が染み付いているのでしょう。


電話で英語レッスン教師、チャック講師も「今日は演奏してきた」というと
Did you get paid or no? How much?

なんて聞いてきて最初は金の話ばっかりやな…と思ったが思い直して数を英語で言う練習(1万=ten thousandなんて慣れないとなかなか変換できない )
をしてくれてるのかと思ったが、よくよく聞いてみると「何も考えてない」ようだ。

お金の話題になるのは普通のことだよ。とのこと


金の話ばかりすると思った時点で既に日本人的なのかもしれませんね。

そう言えば日本文化のお稽古人としては「お金の話は汚い」という意識があってお金の話をすると嫌な顔をする人もいるのだが、聞かなければ聞かないでトラブルになるからまた怒られる。

茶道関係者はそのあたりしっかりしていて、「いくらなら来てくれるの」 とはっきり聞いてくる。

そうしないと後々トラブルになって失礼になることを知っているのだろう。


そんな話で「しっかりお金の話をする」のも共通点。(原稿料をはっきり最初に聞いて嫌な顔された作家さんの話を聞いたことあります。)


and also, in tea ceremony, they ask us about money of performance clearly.
although most Japanese think talking about money is dreadful.


The third is "to give thanks as money."

3つめは、「感謝をお金で表す」
お座敷の話だが演奏の後に寸志(投げ銭)をくれることがある。 いわゆるアメリカで言うところの「チップ」というヤツだ。

Japanese often don't give chip to the street musician even though
he or she listen our whole music .

But Americans have a custom to chip.

When I play before those who are rich at Japanese food restaurant,

they often gives me chip.

日本人はストリートの演奏でも平気でタダで聞いて帰る人も多いのだが ストリートで演奏していても結構入れてくれるそうだし、向こうの人やお座敷に来るような方は「感謝をお金で表す」ことに慣れているのかもしれませんね。

お茶の世界でも演奏を依頼された後には例えパーティの席でちょこっとであっても、

必ず「プロの方に失礼だけど、、」と寸志が渡される。


お中元やお歳暮もお月謝1ヶ月分のお金が相場というのも同じ話し。



という、雑感。






津軽三味線・箏・沖縄三線 演奏教授

宍戸俊信(小山貢山)
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