三味線弾きシシドの「日本文化ゎやばい!」

津軽三味線、箏(琴)、沖縄三線を 演奏する、 三味線弾きシシド(小山貢山)のブログ。茶道、合気道もたしなむ日本文化体験&発信記。

2008年12月

XJAPAN 紅 を和楽器で  x japan by koto , shakuhachi and shamisen



見つけました。

三味線はリズム楽器だかなんだかわからない
相変わらず損な役回りだ。

知り合いの知り合いが作ったそうです。

I found the movie of Kurenai of X japan played by koto ,shakuhachi and shamisen.

私がほとんど書いた
wikipedia
沢井比河流
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E4%BA%95%E6%AF%94%E6%B2%B3%E6%B5%81
ですが

作品リストに〜委嘱等随分増補がありました。

その中に

空底(尺八独奏)


これは気になる!!吹けないけど(汗)

相変わらずネーミングのセンスが素晴らしいですな♪

I found the hikaru sawai's new piece, shakuhachi solo "Kuutei"which
means the bottom of the sky.



琴で現代的、、といえば
こういうアプローチも素晴らしいですね。

喜多嶋修氏http://www.eastquest.com/japanese-profile.html


I think it's wonderful approch in modern koto.



わが小山流家元・小山貢氏や

私がコミュの管理人もしている中村明一氏
も参加していた

AJYOTA。

The photo below is AJOYTA,the group a head of my school of tsugarushamisen
and nakamura akikazu joined in,

I've heard the cd ranked in the billboard...




AJYOTA

ど真ん中にいるのが家元。

先日プロデューサーとたまたまお話する機会があり、

「わんざくれ」の方は
ビルボードでランクインしたとか。。

http://www.cablenet.ne.jp/~syokora/ajyota.html

串本節やドンパン節を 英語調で唄ったりして日本語に聞こえるように
したりとなかなか面白い試みだそうです。


もうすぐ届くようなので楽しみです☆

今年一年の流れ duirng the course of the year

43cc136b.jpg

1月茶道上田宗箇流初釜 
January: I helped the first tea ceremony of the year of Ueda soko ryu school

3月竹山流津軽三味線奏者、手塚勇月と自主公演
March: I held a concert with tsugaru-shamisen player of chikuzan ryu school,
tezuka yuuzuki.


4月mixi国際交流コミュニティオフ会 

April: party of community in mixi"interenaltional exchange"

6月箏曲(琴)上昇の彼方を弾く会発表会

June : The recital of beyond the ascent ,koto

7月 日本文化体験交流塾NPO法人化(理事として参加)

July: Institute for Japanese cultural exchange and experience ,of which
I am one of the board memeber was incorporated as NPO.

7月津軽三味線小山流師範試験合格

July: I passed the exam of Tsugaru-shamisen Oyamaryu shcool master grade test.

9月HISエクスペリエンス箏講座募集開始

September:Start koto class for foreign tourist by His experience

10月結婚

October : Marriage

11月シシド&ヒロキ自主公演

November : I held a concert for shishido and hiroki.

12月合気道初段後100日達成

December : I achieved the 100 day practice after getting black belt of aikido.


この他にも通訳ガイドの試験に落ちたり、トーイッコで100点以上点を落としたりと忙しい毎日でした。

早速買ってきたトーイッコ新公式問題集、NO1はリニューアル前に発売されただと!?

And I also failed the tour guide test, and the score of toeic was over 100 down, so I'm busy.lol


I thank every one and hope every reader will be doing well!!!


とにかく今年一年皆さんお世話になりました。ありがとうございます!感謝感謝☆彡




津軽三味線・琴・沖縄三線演奏 教授

宍戸俊信(小山貢山)
http://www.shamimaster.com/三味マスタードットコム

三味線弾きシシドshamimaster toshi

「しゅわしゅわ」きませり misconception in childhood

よくある「幼いころの勘違い」です。



猫はすべてメス、犬はすべてオスだと思っていた。

ラーメンにはいってるシナチクは割りばしからできていると思っていた

雰囲気ふいんき 女王じょうおう 体育たいく だと思っていた。

うさぎ美味しかの山、、だと思っていた

「きよしこ」の夜て何?と思っていた。

、、、


諸人こぞりて の唄を

「しゅわしゅわ」きませり ってなんやろ?と思っていた。



、、、炭酸飲料みたいになってますよ!


主は沸きませり、とか色々ありますな。






津軽三味線・琴・沖縄三線演奏 教授

宍戸俊信(小山貢山)
http://www.shamimaster.com/三味マスタードットコム

三味線弾きシシドshamimaster toshi

どこかドラクエっぽいハムスター

97f9c7f4.jpg


いっかくうさぎ


おおねずみがあらわれた!

おおねずみがあらわれた!

(イラストはドラクエ3のいっかくうさぎ、足の形とかそっくりw)






津軽三味線・琴・沖縄三線演奏 教授

宍戸俊信(小山貢山)
http://www.shamimaster.com/三味マスタードットコム

三味線弾きシシドshamimaster toshi

外国人旅行者向けフリーペーパー

cdd7df65.jpg外国人旅行者向けフリーペーパーをまた見つけました。

最近もらってきた2008Decemberがissue 0
と書いていたので、最近できたのでしょう。

東京地図という会社が作ってるそうです。
http://www.japan-i.jp/

japan guide http://www.japan-guide.com/
japan hopper http://www.japan-hopper.com/やまとごころ http://www.yamatogokoro.jp/

様々できてきましたね。

初段取得後100日 100 days after get 1st dan

今日は合気道の本部道場の稽古納めでしたが、

Today was the last day of pracitce in aikido headquater.

咳のしすぎで肋骨が痛かったので、今日は見学でしたm(__)m 

I was suffering from rib pain because of too much cough.

めでたく年内に稽古日数100日達成となりました。 

見学は2回くらいしかしたことないですが、いつもと違うものが見えますね。 
正面打ち一教の時に、受けが右で切ってきた場合、切ってきたタイミングに合わせ右半身から左半身に素早く入れ替えることを学びました。

To take aikido 2nd dan , we have to attend the lesson for more 200 days.


合気道の2段の審査の資格は「初段取得後200日以上稽古」なのです。


つまりは「とにかく稽古に出」れば、前進したような気になれるものぐさな私としては素晴らしいシステムなのです(^Q^)/^


考えてみれば茶道や合気道は他人とのかかわり合いによって上達するわけで、「稽古にでなければ上達しようがない」ですもんね。

合気道の話ばかりなので楽器の話も少し。

I talk only about aikdo,
so i want to talk about instruments a little bit.


稽古日誌

秋田大黒舞(津軽三味線)
鳥のように(箏)
恋の花(三線)

Diary of pratice insturments

Akita-daikokumai(tsugaru-shamisen)
Torino-youni(koto)
Koi-no-hana(sansin)



大黒舞というと秋田大黒舞がメジャーなのかと思いましたが普通に「大黒舞」と言った場合、山形大黒舞のことを指すようです。

やたらと歌詞が長いので覚えるのに苦労しています。

When we say mere "daikokumai",I thought it meant akita- daikokumai,

but it means Yamagata -daikokumai.


鳥のように…はようやく「右手オンリーでハーモニクス」(なんか名前あるんでしょうか?)が出るようになってきました。


Torinoyouni, I became possible to play harmonix with only right hand.

恋の花…は勿論沖縄の民謡ですが、「庭や雪(ゆち)降る」から歌詞が始まります。「沖縄に雪が降るんですか?」と質問したところ「よく聞かれるんですが、雪が降るくらい寒い、ということだね」とのこと。

Koi no hana is okinawan folk song, in the lyrics,
we sing from "snow in the garden"
I asked my teacher "Do you have snow in okinawa?"
She said"We don't have snow, but it's a metaphor of coldness."



Jingle bell by shamisen
ジングルベルBY三味線
http://www.shamimaster.com/jingurubell.html

メリークリスマス☆彡


Merry christmas!!



結局いつがいいのか分からない広告 ambiguous advertisement

ba7b6e36.jpg

「音感は幼児から」
「大人は今がチャンス」

This advertisement say
To get good sense of music should be by starting instruments from children
It's a good chance for adult to start instruments.


宮地楽器のコピーは「弾きたい時が適齢期」だ。

こちらの方が簡にして要のような気がする。

Miyaji gakki's catch copy is "Proper age is when you play instruments."
I think it's better.





楽器や武道やっているとよく「もっと小さい時から始めてれば良かった」「もう30歳なんですが大丈夫でしょうか」という言葉を聞きますが、

津軽三味線だと50歳から始めて先生やってる方とか、合気道だと70歳から始めて3段とかざらにいるので一言


「むしろ早すぎるくらいですm(__)m」


When I train instruments or budo, some people say "I should start from earlier age" or"Can I play instruments with age already 30."

I think "You started something too early."


小さい時からやってる人にはやってる人にしかできないこと、遅く始めた人には遅く始めた人にしかできないことがあります。

I started playing tsugaru-shamisen at the age of 20, but
I never thought i wanted to start it earlier.

Because i think there are what only the people who start from earlier can do,
and there are also what only the people who satar from later in life can do.


特に教える時には、初心者の気持ちがよりわかるのは後者の方でしょう。

私は20歳ではじめましたが一度も「早く始めてればよかった」と思ったことはありません。

演奏の腕というにはやっぱり小さい頃からやってる人にはかなわないけど、邦楽の世界で私にしかできないことがあるからです。



習い始めは皆さん新しいことばかりで楽しそうですが、だんだんモチベーションが下がっていく様子を見るのは寂しいものですm(__)m

「プラトー」という心理学用語があります。

始めたばかりの時は急激に上達しますが、しばらくすると「プラトー(高原)」という状態になり、上達が感じられなくなるのです。そこで「上達が感じられない」 とやめる人が多いのですが、そこで気にせず続けていて、プラトーを超えるとまた一気に上達が訪れるのです。

「石の上にも三年」ということですね。


やっぱりお稽古事は続けてこそです。

私のモットー
「とにかく稽古に出ること」

そんなわけで「幅広くやりすぎ!」とお叱りを受けながら津軽三味線、箏、三線、合気道、茶道 のお稽古を続けてるのもそういう理由ですm(__)m

一度始めた以上は上達が感じられなかろうが続けてみましょう♪

やっぱり最低10年は続けないとやった気はしませんね。



、、、といいつつ


今まで挫折したもの
速読
中国語
二胡
居合
書道
ギター
筋トレ



3日坊主でもいいからとにかく始めてみましょう(マテ)

結局続けた方がいいのか3日坊主でも始めた方がいいのか分からない日記.

M−1ファイナリスト 「ナイツ」のサイン autograph of m-1 finalist, nights.

d53ccde1.jpg

昨日は新宿三丁目の沖縄料理かりゆしで、かりゆし三線クラブの忘年会でした。

結婚のお祝いまでいただいて嬉しいことです♪


I had a end year party of Kariyushi sanshin club yesterday.
I was really happy to be cerebrate our wedding.

M−1の決勝まで進んだ
ナイツのサインが靴箱にありました。

(決勝戦だけ見てました。)

下の方ねw

The autograph of japanese comedian nights, was on the shoe box.


昨日の三線の忘年会では演歌歌手の方が習いにいらっしゃってるのですが津軽三味線を昔やってたそうでまた私に習いにくるかも…とのことでした☆彡


そしてまた別の方にたまたまブログ見たよ〜と言われました。国際交流系の活動に興味を持ってくださったようで、「三線を使った英語勉強法を調べていたら、一番上に出たよ」とのことでした♪確かに「三線 英語」「三味線 英語」では1位か2位に出てくる。
同好の志が増えそうです♪







津軽三味線、琴、沖縄三線演奏 教授
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夜学 study at night

a9501bf5.jpg

日曜は、宮地楽器吉祥寺で教える前、午前中だけ茶道上田宗箇(うえだそうこ)流の先輩のお宅で納め釜研究会のお手伝いをさせていただきました。

I went to help a end year tea ceremony of ueda soko ryu on sunday.

the photo is lid rest named "Yagaku" which means study at night.


写真は 蓋置(ふたおき、柄杓や釜の蓋を置く茶道具。)です。


中でもこれは 夜学(やがく)と云う蓋置で、 夜学をする際、机上を照らす灯明の火皿の台を転用したものだそうです。

「勉学の秋」ということでご用意いただきました♪  

形が気にいったのとトーイッコのことを思い出し思わず写真にとりました♪

This shape is from the lantern of study at night.


And I got a christmas cake as a chrismas present.

I was very happy for that because in japan the cutom of
chrismas present is only for children.






宮地楽器吉祥寺では生徒さんからクリスマスケーキをいただきました☆彡


大人になってクリスマスプレゼントがなくなったと思っていたら、こんな形で帰ってくるなんて、嬉しいですね♪


アメリカからの留学生の生徒さんからはクリスマスカードまでいただきました♪
「MERRYCRISTMASANDHAPPYNEWYEAR」を訳したのか「あけましておめでとうございます」と書いてありました(^^ゞ


これは気持ちなので「あけましておめでとうは新年開けてからだけなんだよ」と言おうかどうか迷い中…


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文化でメシを食うということ To live on culture

津軽三味線、琴、茶道、合気道と幅広くやっているがどの芸道にもそれを生業としてやっている方たちがいる。

I practice tsugaru-shamisen, koto , tea ceremony ,and aikido,but
in each field , there are some people who live on their performance.

しかしこれらはどれも「文化」であり、生きていく上では全く必要がない代物である。 

But this is "culture", so no need for carrying on living.

現に私が茶道をお稽古しているというと「遊んでる場合か!三味線の稽古した方がいいんじゃないの?」
とお叱りを受けることもあった。(てか昨日も言われたしw) 
I'm often said "You don't train tea ceremony, you practice shamisen!"



文化でメシを食うことについて、
合気道の先生に倉敷に挨拶に行ったとき、「画家がアフリカに行ったとき、仕事を聞かれ「画家だ」というと「絵を描いてお金がもらえる職業があるのか!!」と驚かれたことがあったよ」という話もしてもらった。

About to live on culture,my former aikido teacher said
"When a painter went to Africa, and he said his profession as painter,
the local people was startled to know they can earn money by painting."


「文化でご飯が食べられるのは先人たちが苦労して日本の経済基盤を作ってきてくれたからであり、そこへの感謝を忘れてはいけない」との結論だった。

He concluded "You have to thank your ancestor,because you can live on culture
by ancestor making basic economics "


この命題は坂本龍一が911テロの時に言った「音楽に何ができるのか、その考えが僕を苦しめる」との言葉とも共通するかもしれない。

I think the word Sakamoto ryuichi said"I'm suffering from what I can do"
at 911 attack.


一つには、「人を癒す」という目的があるかもしれない。

One reason is "to heal someone."

学生邦楽フェスティバルで三線で島唄を唄ったときは、感動して私の歌声に泣いた人がいると聞いて本当に嬉しかった。

When I once sung "shimauta" ,I heard someone said tears by being moved by my voice, and I was really happy for that.

私のソロライブの時も、「斜影」を弾いて「久しぶりに音楽を聞いて涙が出た。」と言われ、「演奏家冥利に尽きる」と言う言葉が思い浮かんだ。
When I once held a solo concert,a person in the audience said
"I shed tears by listening to music after a long while."
and I thank my fate as a player.


この種の感動は技術の巧いことによってのみ引き起こされるものではない。
But this type of move is not caused only by skill of the instruments.

広島にいたとき、施設の訪問にてアメリカの留学生と日本の学生が訪問し、日本の音楽を一緒に歌って、それを見た入居者の方が涙を流したという話を聞いたことがあ
る。

When I was in Hiroshima,I've herad about the story that
Japanese student and American studetn went to
nursing care house,and sung Japanese songs.

これは別に演奏がうまかったからではなく、「昔戦争をしていた国同士」の若者が一緒に日本の歌を歌ってくれるなんて…という感慨から来るものであったそうだ。

This is not because they sung well, but because they were strucked to
know the young people in two countries which was once in the war sung
Japanese song together.


マイミクさんは子供へ伝統文化を教える意味は、「親や祖先を尊敬できる大人になって、日本に生まれてきたことに誇りを持ってほしい」との思いが根本にあると聞き、なるほどと思ったが、私の中で根幹となる精神になるには至らなかった。



A frinend of mine answered the meaning to pass on the Japanese traditional
culture to children is based on the spirit that he want children to respecet
their ancestor or parents,and then to be proud of being born in Japan.

戦争中にそれこそ「伝統文化」がどうとか言ってられない時代、どのように文化が生き残っていたのか、知れば何かつかめるか、と思ったが、戦争中の文化で歴史の教科書、書物で目にするものといえば軍歌 言論 くらいで後は記述が皆無と言っていいほどない。しかし歌舞伎だって津軽三味線だって、戦争中もやってた人がいて生き残ったのであろう。(武道は軍国主義に利用され逆に盛んになったのだが)
こればっかりは体験者に聞いてみないと分からないと思いマイミクのケイさんに聞いてみた。




以下引用(ほとんどそのまま引用します。ケイさん、ありがとうございましたm(__)m )
−−−−−−−−−−−−−−−
戦争中は軍歌ばかりでしたが・・・
そこは東京下町 恐い者知らずが揃っていました。

知り合いに奥さんが寄席の三味線弾き、お連れ合いが寄席の台本書きがいました。
子どものいない万年新婚の熱々夫婦でした。
当然奥さんを残して戦争に行くなんてもってのほか。

兵隊検査の日 お醤油を1升飲んでいき検査に落ちて無事(?)戦争に行かずに済みました。

戦争中は毎日が宴会でした。
何故なら
召集されて出征していく人の送別会が毎日あったからです。
明日死ぬかもしれない、戦争に行く人は確実に死ぬことを覚悟している宴会ですから、
そのドンチャン騒ぎたるや、想像を絶するものでしたよ!
芸者さんも大忙しでした!
そんなところに文化が根強く生きていたと思います。

洋物は姿を消していましたので、
どこへでも気軽に持っていける三味線の出番です。

即興で今の気持ちを表現するには「都々逸」がうってつけ。
戦争に行きたくないことを上手に色っぽくカモフラージュして歌っていたと思います。
三味線がないときは口三味線です。
私が住んでいた環境では殆どのおとなが有名な曲なら口三味線ができましたし、
都々逸の合いの手ぐらいは誰でも入れられました。

三味線は鍋釜と同じ感覚で浸透していました。
そんなわけで、私は三味を習ったこともないのに調子合わせぐらいならできるのです。(^^ゞ

都々逸の次によくでるのが、歌舞伎の声色でした。

『待てどお留めなされしは〜〜〜♪』なんてね。子どもの私でも言えました。

昭和19年・20年の歌舞音曲どころではなかったときでも
軍歌を歌って鼓舞するかたわら、庶民は灯火管制の暗闇の中で口三味線で思いっきり色っぽい小唄なんかを口ずさんでました。
(不安を打ち消したかったのかもしれません)
我が家は暗闇の中で家族揃って「東京音頭」を踊っていましたよ!
すきっ腹を紛らわすためにね。(踊ったら余計お腹がすくのに)


片方で貴金属類は全部 国に差し出さなければいけなかったので
命がけで一番大事なものを隠し、
いつ消失するか分からないので大事なものは土に埋めなければなりません。
それで何が大切か、なにが大事かを見極めることも重要でした。

美術品・芸術品・骨董品 を大人が集まって品定めをしていました。
これは後世に残すべきだ とか
こういう絵はもう二度と描けないかもしれない・・とか。

そしてそれを命がけで守る人々がいました。

それから写真
戦争へ行く人が持っていくために
いつ家族がバラバラになるか分からないから
それに次の瞬間死んでいるかもしれないから
事ある毎になにかといっては写真屋さんに行って記念写真を撮りました。

そうやって撮った写真も空襲で全部焼いてしまいましたが・・・。

着るものもモンペ姿に防空頭巾でしたが、
防空頭巾や上着にも「刺し子」といわれる伝統技術を施したりしていました。

ごく限られた地域での、私がいま思い出せる私の中の文化です。


文化は庶民の暮らしの中に根付き、一般庶民が守り、伝えていくと実感しています。

逆に庶民に受け入れられない文化は残りづらいのでは・・・と思っています。

戦争が終わってジャズ解禁になり
登場したのが『三味線豊吉』さんです。(女性ですよ)
三味線に拘って書いたわけではありません。
戦前・戦中・戦後にかけて生活に密着していたものだからです。


−−−−−−−−−−−−−−−
引用終わり



I asked a older frined of mine who live in world war2 , how the culture survived during the war,when they don't
have chance to think about culture, because I can find the reason.

She answerd even during the war , culture was caught on
because they didn't know they could live tomorrow so they want to enjoy the each day at best.


When the people go to war , they were celebrated about going war .
At that time , shamisen or dodoitu, were sung.



I get some sense about culture,
It's the "power"

It's the impulse we want to dance, sing and pass on ,
even though we were prohibited.


なるほど、文化とは押さえようにも押さえきれない「パワー」なのですね。

禁止されようが叩かれようが「踊りたい」「歌いたい」「伝えたい」

それが文化でメシを食う意味なのかもしれません。

その点、「斜影」や「上昇の彼方」「火の鳥」など叩かれようが何しようが伝えたいものがある私は幸せなのだろう。(おかげで随分叩かれたこともある)

以前、「答えはいつも斜影の中にある」という日記を書いたが今考えると「伝えたい「パワー」が大事」ということでもあったのだろう。


沖縄において戦後モノのない時代、人々は進駐軍の残した缶とパラシュートの糸、後は木で「カンカラ三線」を作って歌っていたという。そこには金がなかろうが、モノがなかろうが、平和がなかろうが唄いたい「パワー」があるのだ。輸入物(当時は高級品で庶民は手に入らない)の蛇皮の三線で舞台の上で弾かれる三線は何か根本的な精神が違うような気がする。舞台の三線は舞台でよいが、戦争のさなかでも生き続けた「パワー」とはまた違った要素だ。

In okinawa, the time just after the war period when lack things or food,

people sung okinawan folk song with sanshin,okinawan shamisen, which is
made by the can threw away by american army, and the string of parashute.

It's the impulse or power there,which they want to play or sing
even they don't have things of food.


津軽三味線の先生でも「お金をけちって皮を安いものにするか、お金がなくてもいい皮を使えるかで三味線で食えるかは決まる」

と言っていたのが記憶にある。多少分かりにくいがこれは「文化でメシを食う」心構えとして言ったものてであろうと解釈している。生活費を切り詰めてもいい音を出したいという「パワー」だ。そのパワーがあるかないかでプロになれるか、決まるということだろう。



20歳で三味線をはじめ、22でプロを目指してから
飢餓や貧困、伝染病、地雷や戦争、経済問題などさまざま社会問題がある中、あえて文化をやる意味を常に考えてきた。

長唄三味線の先生にもその疑問をぶつけ、「芸談ばかりだね〜♪」
と言われたこともある。

When I started playing shamisen at the age of 20 ,and I though
i want to go progessional at the age of 22,
I've been thinking about the meaning to do culture,
even though there are many social issues such as
starvation , poverty, land mine, terrorism, and war and so on.


「伝統文化を普及させたい」という声はよく聞くし自分も思うが、「それが何か世の中の役に立つのか?」という疑問には私は答えられないし、
どうしたら普及できるか議論してる人たちでさえも、明確な回答を持っていない人がほとんどだろう。

There are many people who want to promote the traditional culture,
but when I was asked "Is it helpful for the world?"
I can't find the answer.


人が「自分が素晴らしいと思うものを伝えたい」と伝えていただくのは
勿論素晴らしいことなのだが、私の根幹となる精神にするにはこの論理は「独善的」と感じてしまうのだ。伝えたいのは「自分」だからだ。

The reason "I want to pass on the thing I think it's wonderful"
can be self-righteous because the person itself want to pass on.


日本文化を日本人がもっと知るべき。と言う意見はよく聞くが、
知るべきことは他にもたくさんある。南北問題(貧困)、負の歴史、世界、悪意から身を守る術、政治、教育etc..

他にも大事なことはたくさんあるのに、何故「日本文化」を勉強すべきなのか。

I often hear the opinion that the japanese should know japanese traditional
culture more, but there are more things to know, such as poverty,
world, politics, education, the way to protect against evil will.



地雷除去や僻地の医療の方が世の中の役に立つだろうし、それをやらずにあえて文化をやる意味は、私にはまだ分からない。

I think the demining or medicine in remoto area will be more helpful
for the world,so I can't find the reason I don't do that kind of action
and do "culture."


多少真面目すぎるきらいはあるが、伝統文化の普及以前に、
それがどう世の中に役に立つのか、明確な共通認識がないと、
伝統文化普及への理解は得られようもない。








日本の中のことで分かりやすく言うと
「社会保障費を削っている最中、伝統文化に補助金が出ている矛盾」と言ったところだろうか。

この理由を、誰もが納得できる形で説明できる人間は多分一人もいないだろう。


In short,
"The reason why while we cut the cost of social security,
traditional culture get subsidies from the government."

I think there is no people who can explain the reason
who can convince everone.


そしてそれに対する答えは未だ息子の「芸人」という職業が受け入れられない私の父の葛藤への答えとも言える。

And the answer of this will be the one to my father who don't want to
accept the profession"entertainer".


I can't find my answer yet.

私の中の「答え」はまだ出ていない。


答えを求める旅は続く。
My journey will be going on…







津軽三味線、琴、沖縄三線演奏 教授
宍戸俊信(小山貢山)http://www.shamimaster.com/
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