三味線弾きシシドの「日本文化ゎやばい!」

津軽三味線、箏(琴)、沖縄三線を 演奏する、 三味線弾きシシド(小山貢山)のブログ。茶道、合気道もたしなむ日本文化体験&発信記。

津軽三味線と音楽 tsugaru-shamisen and music

http://archive.mag2.com/0000037982/20041208001000000.html

津軽三味線奏者の佐藤通弘さんのインタビューです。

The link below is the interbiew of tsugaru-jamisen player,
michi hiro sato.

「津軽三味線」と「音楽」 の 関係について考えさせられます。

広島にいたときにOTIS!というところに

2度ほど見に行きましたが、

確かに弾き終わった後は汗びっしょりで、

演奏技術云々でなく

「音楽とは人に訴えるものだ」という原点を感じました。

友達は佐藤さんの津軽音頭を聞いて

「三味線が泣いてる」と表現してアンコールをせがんだものです。


To read this article, I think about music and tsugaru-shamisen deeply again.

I felt "music should be appealing" from his performance,

because when he finished playing shamisen, he was sweating all over.

A friend of mine I went there with ask him encore to listen
to his tsugaru-ondo, with saying "shamisen is crying"


津軽三味線ブーム創世記から活躍し続ける、津軽三味線の歴史を

体感した氏ならではの視点に、

「音楽とは何か」

と考えさせられる文章でした。


私の津軽三味線に対する個人的感想としては、
(あくまで個人的感想ですよ!)

民謡は自分を表現する「音楽」と言うより

皆で歌って楽しむ民謡の伴奏楽器だし、曲弾きも本来

テクニックを見せるもの。

何より「音楽」で自分を表現するために必要な

「ダイナミクス」(音の強弱)が津軽三味線では出しづらい。

悲しい曲は音が伸びなくて表現しづらいし、箏の方が自分を表現する手段としての

「音楽」を奏でるには向いてるのではないか

と思っていただけに、何かつかめそうな予感です。


I think tsugaru-shamisen's minyo(traditonal folk song)is rather
for acocompaniment than music which we can express ourselves

and Kyokubiki is originaly for showing the technique.

Especially dynamics(folte or piano of the sound) which is
required for music, is hard to express by tsugaru-shamisen.

So I've wondering if koto should be better for music,

so I feel nearly knowing what to do.



しかし、、、

>業界の人は今でもそうですけど、見に来てもね、自分のお手本
 を見に来てるだけなんですよ。「あ、あそこ、あの弾き方した」と
 かね。「あのテクニック使った、ああ、あの時は指をこう乗せればい
 いのか」とかね。そういうのでしかないですよ。音楽として何か感じ
 ようとしているのではなくて。


どきっ!!


But,,,

He said in his interview
"Tsugaru-jamisen player come to see his or her example,

not to enjoy music."

,,,

Certainly.




晩夏の蝉- cicada in the late summer

6d3bd876.jpg

「」
網戸に止まる
晩夏の蝉

「」を埋める
発句を募集!

拙作
「いつ飛ぶや
網戸に止まる
晩夏の蝉」

I made haiku , short poem.

To see the cicada on the window screen on the late summer,

I wonder when it will fly..

I'm duck.

I'm duck. いつものようにフレッシュネスバーガーでディクテーション(聞こえてきた英語を文字にする) I'm duck. と聞こえてきた。 続きを読む

I'm duck.

いつものようにフレッシュネスバーガーでディクテーション(聞こえてきた英語を文字にする)

I'm duck. と聞こえてきた。

I'm game. 等の表現みたいなもんかな…

とそのまま書いてたら

I'm back.だったという話し。


I'm duck. (私は鴨です。)じゃあね〜(汗)

この場合鴨という意味なら
I'm a duck.となるはずなので
電話の応対のシーンというのもあって

I'm duck.と発音していようが(実際何度聞いてもそのように聞こえる)  

I'm back.(お待たせ〜)と聞こえる。

となるべきなのだ。 


ディクテーションにはボイスレコーダーを使っていますが、
トラックボタンと早送り巻き戻しボタンが同じなのが納得行かない。


一語聞き逃したのでちょっと戻したいのに、トラックの最初に戻ったり、、、


音楽を聞くためのMP3プレーヤならともかく、ボイスレコーダは会議をテープ起こししたりする用途もあるはず。


電気屋さんに行っても別になってるのは売ってないそうだ。

う〜ん、今のボイスレコーダはMP3プレーヤも含め4台目だが、理想のボイスレコーダに出会えるのはいつの日か…

裏切り者の耳を食す-eat betrayer's ear

電子辞書で調べものをしていたら、 キクラゲ(木耳) Judas's-ear と書いてある。 続きを読む

裏切り者の耳を食す-eat betrayer's ear

電子辞書で調べものをしていたら、

キクラゲ(木耳)
Judas's-ear

と書いてある。

えっと、ジューダスの耳、ジューダス、、ジューダス、、、

ユダ!?

ユダと言えばキリストの弟子の1人で

キリストを裏切った人物。

When I look for the word by the electric dictionary,

Kikurage Judas's ear

Judas,,Judas,,

Judas was one of the diciple of the Crist who betrayed him.

調べてみると…


キリストを裏切ったユダはニワトコの木で首を吊りました。


Judas hanged himself on the elder wood.


まもなくその木から耳の形をしたキノコが生えてきたので、

And the mashroom whose shape is human ear came out ,

so the mashroom was named judas's ear.


そのキノコにユダの耳という名前が付けられたとのこと。
(ただし、ユダが首を吊った木がニワトコだというのも俗説。)


そのせいか、ヨーロッパではあまりキクラゲは食べないそう。


、、、


確かにいくら美味でもキリスト教国で

「ユダの耳」

じゃ食欲なくすよね…

The reason they don't eat judas's ear in Europe.

It's true that even though it's good taste,

but the name "Judas's ear"can dampen appetite.


キクラゲの語源は、干したクラゲに味が似ているから。だそうです。 

漢字で書いても「木の耳」。 


キクラゲの炒め物は美味しいのに、これから食べるときは

ゴッホがゴーギャンに耳を切って送った事件を思い出しそうです(汗)

広辞苑に間違い発見?- I found out a mistake in Kojien dicitionay

最近第六版が出た広辞苑ですが、 手元にある広辞苑第五版(電子辞書ですが) 続きを読む

広辞苑に間違い発見?- I found out a mistake in Kojien dicitionay

最近第六版が出た広辞苑ですが、

手元にある広辞苑第五版(電子辞書ですが)

大道芸
「大道で演ずる卑俗な芸」

(卑俗 卑しく俗っぽいこと、下品なこと、低俗。)

となっていたので、

六版ではどうなっているか見たところ、

Kojien dictionary 5th issue says

[daido gei]
Street performance
vulger perform on the street


but kojien dictionary 6 issue ,issued recently,says

Performance such as music, acrobatics and majic on the street.



大道芸

「大道で演ずる 音楽 曲芸 奇術などの芸。」

と「卑俗」がカットされていました。


また5版で少林寺拳法という項目を調べたところ、項目はなく、

少林拳 という項目にのっていて、

少林拳
「少林寺で達磨大師が授けたという心身鍛練の法を起源とする拳法。
日本では宗道臣(1911〜1980)の創始した少林寺拳法が
行われている」


と有りました。




知っている人は知ってますが

少林寺拳法は香川県多度津に総本部がある日本独特の武道で

少林拳とは全くの別物。


で六版でも修正されていませんでした。


少林寺拳法コミュニティで聞いてみると、

「問題ありません」とのこと。

私としては少林拳の項目の中に入ってるのが不思議なのですが、、



And I found a mistake,

on the item "syourinken",(Shao lin quan)

It's the kunfu founded by the Dharma and base on the way to train
mind and body.
In Japan,there is syourinji kenpo doing founded by So-doshin.


But syourinji kenpo is martial way originated in Japan,
and syourinji kenpo and syorinken(Shao lin quan) are totally differnt.

How can I fix this!?

是最近第六版发放了的广辞苑,不过,

身边有的广辞苑第五版(是电子词典)

打把式卖
艺「在大道演出的下流的技艺」

(下流下作地低级的事,粗俗的事,庸俗。)

因为变成,

六版变成怎样看来,




打把式卖艺

「在大道演出的 音乐杂技奇技等的技艺。」

「下流」被剪切。


没有又通过5版调查了少林寺拳术这个项目的地方,项目,

参与着少林拳 这个项目,

少林拳
「把在少林寺达磨大师授予了这样的身心锻炼的法作为起源的拳术。
在日本宗道臣(1911〜1980)创始了的少林寺拳
术 被进行」


有。




知道的人知道

少林寺拳术香川县多度津有总本部的日本独特的武艺

与少林拳完全的不同的东西。


出六版没被修正。


痛苦不—这个别搞错表现醉。

好象从补充(少林寺拳术有关人员做的话不是错儿这样的事。)






初段取得後50日-50days after getting black belt

初段を取ってからようやく50日稽古をしました。 二段の試験を受けるまで200日以上稽古しないといけないので、 先は長い。。 審査要項 http://www.aikikai.or.jp/jpn/shinsayoko.htm The number of aikido practice after getting black belt(syodan)become 50 days. I have to train 50 more days to take 2nd dan. 続きを読む

初段後50日- 50 days after getting black belt

初段を取ってからようやく50日稽古をしました。

二段の試験を受けるまで200日以上稽古しないといけないので、

先は長い。。


審査要項
http://www.aikikai.or.jp/jpn/shinsayoko.htm

The number of aikido practice after getting black belt(syodan)become
50 days.

I have to train 50 more days to take 2nd dan.

邦楽の世界で家元制を批判してる人で合気道やってる人がいましたが、

合気道は思い切り家元制ですよ。

気づいてないのかな!?

A person who criticize iemoto system in hogaku world and train aikido,

but aikido is iemoto system.

Doesn't he notice it!?

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