三味線弾きシシドの「日本文化ゎやばい!」

津軽三味線、箏(琴)、沖縄三線を 演奏する、 三味線弾きシシド(小山貢山)のブログ。茶道、合気道もたしなむ日本文化体験&発信記。

古武道演武大会 (火縄銃動画含)

先週の日曜日に
第29回全日本古武道演武大会に行ってきました。

来年は熊本県熊本市でやるそうです。

タイムテーブルはこちらでした。
http://www.nipponbudokan.or.jp/shinkou/html_1/29.html

あくまでも演武ですから型だけです。

天下一武道会でわありません(^.^)


居合道系はたくさんありましたが、

写真的には同じになるので、

見た目派手なのだけ写真を撮りました。


巻きわらを切る「試し斬り」ですが、

失敗して切れなかったこともありました。。

振れば切れるように思ってましたが、、そうでないことが

分かりました。。


無雙直傅英信流(むそうじきでんえいしんりゅう)居合術

(東京)は

16人中6人が外国人の方で、

韓国をはじめアメリカ、ヨーロッパなど

たくさん支部があるそうです。

さすがに見せ方を心得ているという感じで、

試し斬りも一本の巻きわらではなく、

何本も切って行ってました。


面白い名前の流派もありました。

気楽流(きらくりゅう群馬県)柔術(柔道の元となったもの)


決してお気楽な武道ではなく、すごく真面目な武道です(^.^)

無比無敵流(茨城県)杖術(棒で戦う武道)

すごい名前だ。。。



最初の関流砲術(茨城県)

は時間通りに行ったのに

早めに始まってて写真取れませんでした。。(>_<)

黒紋付と袴に、立って火縄銃を

打つものでした。

弓術





小笠原流弓馬術(神奈川)です。

本物の馬が出てくるのかと思ったら
木の馬に乗って回して貰いながら
射てました。



金硬(きんがい)流唐手(沖縄)


金硬(きんがい)流唐手(沖縄)金硬(きんがい)流唐手(沖縄)







金硬流唐手(きんがいりゅうからて、沖縄県) Okinawan Karate
です。

多少中国武術っぽい武器で、盾もありました。




根岸流手裏剣術(東京都)





The art of throw stars.



根岸竜手裏剣術(東京都)です。

ハットリ君みたいな投げ方はしません(^.^)

刀持ちながら畳に手裏剣を投げ、

その後刀で決める、という型がありました。



佐分利流(さぶりりゅう)槍術(広島県)




佐分利流(さぶりりゅう)槍術(広島県) spearmanship

槍術は他にもありましたが、ほとんどが
紋付と袴の中で甲冑を着ていたので目立ちました。


楊心流薙刀術(ようしんりゅうなぎなたじゅつ、広島県)





楊心流薙刀術(ようしんりゅうなぎなたじゅつ)です。

薙刀は城にいた女中がいつ攻撃を受けても

即座に対処した姿が今でも受け継がれており、
(振袖姿にタスキ)

女性の人口が多い武道です。


This is the art of glaive for women in the castle being attacked.
So costume is kimono.


兵法二天一流(流祖 宮本武蔵)




宮本武蔵を流祖とする

兵法二天一流(福岡県) the sword school whose founder is Miyamoto Musashi

This school is featured by using two swords.

です。二刀流が特徴です。



琉球古武術





琉球古武術です。 Okinawan traditional martial way
ヌンチャクなどもありました
(丁度電池が切れ買いに走ってたときに、、)





水鴎流居合剣法(すいおうりゅういあいけんぽう 静岡県) 鎖鎌術水鴎流居合剣法 鎖鎌術 相手の首を鎖鎌で決めているところ






水鴎流(すいおうりゅう)居合剣法

鎖鎌術(くさりがまじゅつ) art of fighting with sickle

クサリの両端に鎌と分銅(ふんどう)がついており、

分銅をぶんぶん回して相手の刀を絡めとり、

近づいていって鎖鎌で首を決める型がありました。



Throw around the chain whose top is weight and loop it
around the opponent sword , and then attack opponent's neck with sickle.



黒田藩砲術陽流抱え大筒(福岡県)火縄銃に玉を込めているところ黒田藩砲術陽流抱え大筒(福岡県) 的万一の為砲術と弓術の時は観客が移動します。黒田藩砲術陽流抱え大筒(福岡県) 打ち終わったところ。







Big Matchlock guns

コレはすごいです。爆音です。

砲術を最初と最後に配置して最初から最後まで
いさせようという、心ニクイ演出でした。


正直居合いというのはずっと見てると似たようなものばかり

で疲れる、、


的はありましたが多分空砲です。

万が一のために的の後ろの観客は移動させられます。


Just in case, the audience back the target was moved.



Moving picture of big match lock guns

It takes over 30 seconds to fire.

It is recorded by cell phone,so the picture is small,

but you can hear the sound.


砲術の動画です。

30秒ほどしたら爆音とともにぶっ放されます。

携帯でとったので雰囲気味わうってことで、、





うちの母に、砲術(火縄銃)の携帯の動画を見せ、

「火縄銃打つときに、的の後ろの観客がね、、」

と言おうとすると、

「倒れたフリするん!?」


とか言ってました♪


んなわけあるかい。


津軽三味線は伝統芸能ではない?


テレビの時代劇にたまに津軽三味線がでてきたりします。

時代劇の設定は、
江戸時代が多いですが、

実は津軽三味線は江戸時代には影も形もありませんでした
(もともと時代劇はお話だから、
時代考証なんてのはそう正確なものではないですが)


「津軽三味線」と言う言葉が
出来てから50年、

音楽自体も出来てから100年あまりしかたっていないのです。


(具体的に言えば、津軽三味線の始祖と言われる仁太坊という人が
明治10年代、1880年ころに作った音楽が元になっている。)

実は津軽三味線はJAZZと
歴史はそう変わらないのです

(JAZZは20世紀はじめにできたそうです。)


津軽三味線はもともと、津軽民謡の伴奏楽器として発達し、
前奏部分が独立して発達して独奏楽器となりました。
じょんがら節などの民謡音階(ラドレミソラ)と4拍子の
リズムだけ決まっていて、
後は即興で津軽三味線奏者の腕の見せ所でした。

したがって、
津軽じょんがら節の三味線といっても人によって全く違う曲になるのです。


厳密に言えば津軽三味線は
伝統芸能ではなく民俗芸能です。


こちらはビクター効果音ライブラリ 9
の裏面です。

民俗芸能



今でこそ、津軽三味線は「邦楽」に入っていますが、
つい最近まで
津軽三味線は「邦楽」に
入っていませんでした。 

これは「邦楽」とは、
狭い意味で「江戸期に生まれた三味線や箏で演奏される音楽芸能」
という意味だからで、
民謡や雅楽や声明は含まれなかったのです。



津軽三味線でも、昔は弦は絹糸を使っていたわけで、

今絹糸をライブで使っている奏者はあまり聞きません。



津軽三味線のルーツと言われる門付け
(門の前に立って三味線を弾いてお金をもらう)では、

持ち歩くのに不便な重い材質
(今棹(ネック、指板)の木材はほとんど輸入、紅木(こうき)がプロ奏者では主流。堅いのですり減らない))

や太棹は使わなかったようです。


また、きれいな音が出るように、今では三味線の皮は強く張りますが、
これも最近のことで、
湿度変化の大きい外で弾いていた三味線の皮はゆるく張られていて
(強く張ると湿度変化で破れ易くなります。また昔は
強く張る技術もありませんでした)

こう考えれば今の津軽三味線のスタイル
(紅木、カン張り(強く張ること)
べっこうバチ、ナイロン弦)
はかなり新しいものと言っていいでしょう。
(3、40年)




三味線の糸について。

三味線の糸について書いておきます。


三味線の糸が黄色いのは防腐剤としてウコンを使っていた
ためと言われています。


私の竹山流の先生は、

1の糸 24番
2の糸 14番
3の糸 12番

を使っていました。

今は 番 という単位も使われますが、

もともとは 尺貫法の 匁(1もんめ=3.75グラム)

でした。


たとえば15番の糸の場合
15匁(56.25グラム)の元糸から
一の糸なら60本、二の糸なら100本、

三の糸なら200本とる、という形になります。

絹糸は現在でも京都などで手作業で作られており、

熱いお湯に手をつけて手で練っていくので

後継者不足に悩まされているそうです。

オススメ津軽三味線サイト。


http://www.kankosite.jp/津軽三味線でわからないことがあったらまずこちら。
津軽三味線質問箱。
http://www.kankosite.jp/hatenaman/situmon.cgi

津軽三味線の譜面や動画がフリーで見られるサイトです。
http://www.benben.jp/
音源はこちら。
http://www.benben.jp/score/index.htm

喜納昌吉「花」の歌詞に込められた意味。

ブックオフに行ったら

欲しかった本がありましたので買いました。

喜納昌吉「すべての武器を楽器に」冒険社です。


喜納昌吉(きなしょうきち)

沖縄生まれの音楽家。参議院議員。
代表曲

花〜すべてのすべての人の心に花を〜http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/hana2.htm






--------------------------------------------------


聴く人の数だけ「花」がある。

そしてまた、歌う人の数だけ「花」がある

心の花でもいい。魂の花でもいい。あらゆる

生命の花が咲くようにとの思いを込めて、

それ以来、ずっと私は歌ってきた。

そして今、私たち人間は新しい時代を迎えなければ

ならない。人間の心によって真の平和を築く。

そういう時代を迎えなければならない。人類が、利権や、

争いごとや、それらにまつわる不安から解き放たれ、

ひとつに和合したときにこそ、新しい時代はやってくる。

「花」は一つの触発だと思う。あまりにも経済中心の

文明に人が流れ、保守的な意識に向かう中で、

もう一度「心とは何か?」という単純なメッセージを、

人々に投げかけているのだと思う。

そのメッセージを感じてくれた人々が、それぞれの表現で、

再び私に語りかけてくれたとき、そこにまた素晴らしい花が

咲く。21世紀のルネッサンスを目指し、平和に満ちた

文化の創造を担う人々のひとりひとりが、私にとっては

素晴らしい花になる。


--------------------------------------------------

私は泣いたり笑ったり、そうしたことが

人生の生きる意味なのだという唄だと思っていました。

そういうわけでどういう意味でこの歌詞ができたのか

知りたかったのです。。

たまに人前でも歌う唄なのですが、

唄の意味を知るとまた違ってきますね。

沖縄の三線を弾こう!気軽にトライできる練習専用の三線セット19800円で販売中!琉球楽器の店える・おきなわ

曲芸弾き 動画upしました。





こんな感じで。。

津軽三味線の規定演技。

津軽三味線の曲弾きには、これとコレと入れる、

というのが大体あります。


それが1の糸のスリと20の勘所でのチリチリ、

そしてかませ といわれる 技。

そして始めは力強く始まり、

途中音澄み奏法などで音を小さくし、

また力強くなって終わる、というセオリーが

あるそうです。


こういうことがきちんと書いてある本がないのが不思議です。。


津軽三味線のオリジナル曲もほとんど楽譜は発売されていません。

津軽三味線の世界では、

完成された曲を作って後世に残していく、という精神が

まだないようです。

私は人の曲ばかり弾いているので、

(もちろんオリジナル曲もありますが、敢えて弾きません。)

オリジナル曲をやれと言ってくる方もいますが、

民謡だって誰かが作ったもの。

いい曲は後世に残したいものです。

日中韓友好じょんがら節 音源 up しました。

今日は2箇所で演奏でした。

牛込箪笥町区民センターのお祭りで演奏で、

本当は鳥のように を演奏する予定でしたが、

風邪であまり練習できなかったので急遽斜影に差し替え。


プログラムも鳥のような になってたし、

まいっか、、と思って主催者に何も言わずにそのまま演奏。



その後直接早稲田に向かい、


マイミクのそんちょさんの

異文化むら交流会で演奏しました。


ワンコリアという在日の人ととの交流会の団体の人や、

中国語を教えている中国人の方がいらっしゃったので、



アリラン(韓国古謡)、
イ族舞曲(中国琵琶)、
賽馬(二胡)
のメドレーの

あとに続けてじょんがら節を演奏しました。

http://www.shamimaster.com/nicchukan.html
(ページ開いたらしばらくして音が出ます!)

こんな感じでした。

津軽三味線と三線の愛好者の違い。

私は津軽三味線と三線と両方やっているんですが、


ひとつ気づいたことがあります。

津軽三味線は津軽三味線の音楽が好きで始める人が多いですが、

三線は沖縄が好きで始める人が多い。

私は沖縄にも青森も行ったことがありません。

むしろ逆に行かない ことをアイデンティティにしようかな

と思っています。

その土地が好きで始めたわけではなく、楽器が好きではじめたのだし、

わざわざ自分よりうまい人がいるところにいかなくても、、

てな感じで。

三線の「古典」という呼び方について。

三線の音楽は大きくわけて

民謡、古典、そしてポップスに分けられます。

古典というのは自由な民謡に対し

細かいところまで決まっている宮廷音楽でした。

要するに本土の三味線にしてみれば

長唄と民謡の違いのようなものです。


古典という言い方ですが、

できた当初から古典 などという呼称が

あったわけではなく、いつごろからできた呼び方なのか

疑問に思っていましたが、


松村洋著白水社 唄に
聴く沖縄 に詳細がかいて
ありました。。

さらに付け加えておけば、そもそも琉球古典音楽の「古典」という言い方も近代に入って登場したものである。王国時代は、既成のレパートリーを踏まえ、そこに絶えず新たな工夫を加えていく現在進行形の芸能であったわけだから、古典であるはずがなかった。古典と言う呼称は、近代に入って、継承や保存という意識が強まることによって生まれた。仲宗根幸市は、、楽曲の種類によって大節とか端節などと呼ばれていたものをまとめて古典と呼ぶようになったのが、いつごろか、はっきりしないとしつつ、おおよそ大正末ころではないかと推測している。。。



ちなみに古典より民謡の方が古いんです。


それもそのはず、古典 というのは誰かが作曲したもの。
民謡と言うのは生活の中で自然発生的に生まれてきたもの。

古いほうがよいわけではありませんが、

古典の方が新しい というのも不思議な話です。

スポンサーリンク

Profile
Archives
livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

スポンサーリンク

Recent Comments
  • ライブドアブログ